WORDS / MEMORY / EVERYDAY LIFE
武岡 隆ブログ
本、活字、日本語、物語、記憶、時間。日々の中でふと立ち止まったことを、武岡 隆自身の言葉で静かに綴ります。
AIに同じ物語の続きを三通り書かせる
同じ物語の続きをAIに三通り書かせたとき、目を向けたくなるのは、それぞれの出来栄えである。どれが自然か。どれが意外か。
どれならそのまま使えそうか。だが、三つを完成稿の候補として並べるだけでは、少しもったいない。私が気になるのは、三つが最初に別々の方向へ進んだ箇所である。
たとえば、物語が「彼は返事をせず、机の上の封筒を裏返した」という一文で止まっているとする。その先を三通り生成させる。一つ目では、彼が封筒を開ける。
二つ目では、差出人の名前を隠したまま部屋を出る。三つ目では、向かいにいる人物へ封筒を押し返す。この場合、三つの違いは結末にあるのではない。
封筒を裏返したという動作を、AIがどう受け取ったかというところですでに分かれている。開ける前のためらいなのか、名前を見せたくないのか、それとも相手への拒絶なのか。
元の一文には、そのどれとも読める余地があったことになる。生成された文章の巧拙を比べていると、この分岐は見落としやすい。後半に派手な出来事があれば、そちらに目が移るからだ。
三つの結末を比べるより、最初に同時には成立しなくなった文へ印を付ける。分岐文の直前と直後だけを三案から抜き出し、横に並べて比べれば、後半の派手な展開や文章全体の巧拙に判断を引っぱられにくい。
その方が、元の文章に何が書かれていて、何がまだ書かれていなかったのかを確かめやすい。分かれるのは、出来事だけではない。ある続きは人物の内面へ入り、別の続きは封筒の中身を説明し、もう一つは向かいにいる人物を動かすかもしれない。
これは展開の差であると同時に、次の場面で何を中心に置くかの差でもある。書き手は、事件を選ぶ前に、誰を見続けるのかを決める必要がある。三通りのうち二つが似ていたとしても、多数決で採用する理由にはならない。
AIが選びやすい展開と、その物語に必要な展開は同じとは限らないからである。封筒、返事をしない人物、向かいにいる誰か、という材料から、似た型が出やすかっただけかもしれない。
重なった部分は正解というより、元の場面が強く誘っている方向として見る方がよい。反対に、三つとも大きく違えば、AIが気まぐれなのだと片づけることもできる。
だが、違いを一つずつ戻していくと、書き手が保留していた項目が見えてくる。封筒を開けるのか。誰のものなのか。
返事をしない理由は何か。場面をそのまま続けるのか、時間を飛ばすのか。続きを書けないとき、足りないのは文章ではなく、こうした決定であることがある。
もちろん、生成された三本をつなぎ合わせれば物語になるわけではない。開封する緊張感、差出人を隠す事情、相手へ返す強さを全部入れれば、可能性を残したのではなく、焦点を増やしただけになる。
比べる目的は、使える部分を多く拾うことではない。どの可能性を捨てるかを見えるようにすることだ。AIの続きは、書き手の代わりに決定してくれる。
そのまま採用すれば、ひとまず先へは進める。しかし三通りを並べると、その決定が避けられないものではなかったと分かる。別の続きが成立した箇所には、こちらがまだ引き受けていない選択が残っている。
封筒を開ける文章を選ぶ前に、なぜ裏返したのかを決める。三つの続きを読む作業は、そこで止めてよい。
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