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武岡 隆ブログ


WORDS / MEMORY / EVERYDAY LIFE

武岡 隆ブログ

本、活字、日本語、物語、記憶、時間。日々の中でふと立ち止まったことを、武岡 隆自身の言葉で静かに綴ります。

著者と発行者が同じ名前になる本

本の奥付に、「著者」と「発行者」として同じ名前が記されていることがある。文学フリマで頒布される自主制作本では、珍しい表記ではない。二行にわたって同じ名前が並ぶと、わずかな違和感が残る。

関わった人数だけを示すのであれば、一度書けば足りるからである。名前が重なるのは、同じ情報を誤って繰り返しているからではない。「著者」と「発行者」は、一人の人物を異なる役割から示す言葉である。

奥付は、制作に何人が関わったかを数える欄というより、その本について誰がどの立場を担ったかを記す場所と考えたほうが分かりやすい。著者という名は、まず本文の側に付いている。

何を書くかを決め、文章を組み立て、その内容を自分の名で差し出す。一方、発行者の側には、できた文章を本という形で出すための判断がある。判型やページ構成、発行の時期、印刷部数、頒布方法など、本の外形と届け方に関わる事柄である。

実作業をすべて本人が行うとは限らなくても、その本を発行する主体として名前が置かれる。一般の商業出版では、この二つの名が異なることが多い。著者の欄には個人名があり、発行に関わる欄には出版社などの名が置かれる。

書く側と出す側が分かれているため、役割の境界も見た目に表れやすい。自主制作本では同じ人が両方を担うことがあり、二つの仕事の境界は人名ではなく、「著者」「発行者」という肩書きの違いによって示される。

奥付を簡潔にするなら、「著者・発行者」と一行にまとめる書き方もできる。二つの欄に分けた場合は、本文を書き終えたあとにも別の判断が続くことが見えやすい。

著者として残したい表現があっても、発行者の側ではページ数に収めるための組み方を考えることがある。作品についての判断と、刊行物として成立させるための判断は、同じ人の中でも常に一致するとは限らない。

自主制作という言葉を、「一人ですべての工程を行うこと」と受け取る必要もない。印刷や製本を専門の事業者に依頼する本もあり、装丁や校正にほかの人が関わる場合もある。

奥付の二か所に同じ名があることは、制作工程のすべてを一人で担ったという意味ではない。著者と発行者という二つの位置に、同じ人が立ったことを示している。

著者名は本文との関係を示し、発行者名は「誰がこの形で出したか」という刊行の側に結びつく。同じ原稿をもとにしても、判型や版を変えれば別の形の本になりうる。

作品を書いた人と、特定の形に整えた本を発行した主体を分けて記す意味は、そこにもある。両方に同じ名前が入っていても、それぞれの欄が指し示す対象は重ならない。

原稿を書くことには終わりを置けても、本を出す側には部数や頒布方法、その後の扱いについての判断が残る。文学フリマで頒布される一冊では、書いた人が本の外側にある判断まで引き受けることがある。

奥付はその過程を長く説明せず、「発行者」の欄へ同じ名前をもう一度置く。二度目の名前は、書き手が本の外側の判断へ移った印になる。

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