WORDS / MEMORY / EVERYDAY LIFE
武岡 隆ブログ
本、活字、日本語、物語、記憶、時間。日々の中でふと立ち止まったことを、武岡 隆自身の言葉で静かに綴ります。
モズの高鳴きが区切る、秋の縄張り
「モズの高鳴き」を秋の風物詩と呼ぶと、その声は季節の側に置かれる。鋭くよく通る鳴き声を、人は秋の訪れを知らせるものとして聞く。私が気になったのは、同じ声がモズにとっては暦の合図ではなく、一羽分の場所を保つために使われていることである。
秋になると、モズは越冬のための縄張りを構える。繁殖期のつがいが一緒に守る場所ではなく、雄も雌もそれぞれ単独で縄張りを持つ。高鳴きは、自分がここにいると周囲へ知らせ、ほかのモズが入り込むのを防ぐ働きをする。
人には一つの季節を共有する声に聞こえるが、鳴いている側は一羽ずつ場所を分けようとしている。縄張りといっても、地面に境界線が引かれているわけではない。
木や建物の位置だけで、端がきちんと決まるものでもない。高い場所など目立つところから声を響かせ、近くにいる相手へ存在を伝える。相手が応じれば、そこにも別の一羽がいると分かる。
声は線を描かないまま、互いが近づける範囲を調整している。ここで、高鳴きが大きく聞こえることにも意味が出てくる。自分の居場所を隠す声ではない。
むしろ、争う距離まで接近する前に、自分の存在を知らせる必要がある。もちろん、鳴けば必ず衝突を避けられるわけではなく、縄張りをめぐって追い払うこともある。
それでも声が先に届けば、姿を合わせる前から場所の使用者を示せる。私は「縄張りを守る」と聞くと、すでに持っている土地の端を見張る姿を考えがちである。
モズの高鳴きが見せるのは、それとは少し違う。縄張りは一度手に入れれば終わる所有物ではなく、そこにいると周囲へ繰り返し示すことで保たれる。声を出している地点だけでなく、その声に別の個体がどう応じるかまで含めて、一羽分の範囲が成り立っている。
雄だけでなく雌も縄張りを構えるという点も、高鳴きの聞こえ方を変える。鳥の目立つ声は、つい求愛やつがい相手への呼びかけとして考えたくなる。秋のモズでは、その説明だけでは足りない。
雄雌それぞれが冬を越すため、自分で使う場所を確保する。そのための声なら、秋の空間は雄の声だけで仕切られているのではない。一羽分の縄張りには、冬のあいだに餌を得る場所という実際的な重みがある。
隣のモズを遠ざけるのは、単に一羽でいたいからではない。越冬に必要な範囲をほかの個体と重ねすぎないためである。高鳴きの鋭さは、人が季節を味わうために整えられたものではない。
その声が必要になる事情は、かなり切実である。それでも、人の側から聞けば高鳴きは秋の印になる。この二つの受け取り方は、どちらかが間違いというわけではない。
ただ、「秋らしい声」とだけ呼ぶと、鳴いている一羽が何をしているのかは見えにくくなる。季節を知らせるように聞こえるのは、モズが毎年同じ頃、自分の越冬場所をめぐって声を上げるからである。
高鳴きをたどるとき、声の主と同じくらい気になるのは、次の一羽がどこで鳴くかである。二つの声のあいだに線は見えない。それでも秋には、モズ一羽ずつの場所が、その間隔として表へ出ている。
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