武岡出版 TAKEOCA PRESS

武岡 隆ブログ


WORDS / MEMORY / EVERYDAY LIFE

武岡 隆ブログ

本、活字、日本語、物語、記憶、時間。日々の中でふと立ち止まったことを、武岡 隆自身の言葉で静かに綴ります。

うろこ雲とひつじ雲、見分ける手がかりは影にある

うろこ雲とひつじ雲は、名前から姿を想像できるわりに、実際の空では見分けにくい。どちらも白い雲片が群れ、空の広い範囲に繰り返し模様を作る。魚のうろこに見えるか、羊の群れに見えるか。

それだけで決めようとすると、見る人の連想に分類を任せることになる。私が気になったのは、見分ける手がかりとして挙げられる「影」である。ここでいう影は、雲が地上へ落とす影ではない。

並んだ雲片そのものに見える明暗を指している。白一色に近いのか、それとも一つ一つの下側や中央に灰色が混じるのか。同じような粒の集まりでも、濃淡の有無によって見え方が変わる。

一般に、うろこ雲と呼ばれるものは巻積雲に当たる。上空の高いところにでき、細かな雲片が並ぶ。雲片は白く、陰影がほとんど見られない。

薄い小片が数多く集まるため、粒の輪郭はあっても、一枚の中に表と裏があるようには見えにくい。一方、ひつじ雲は高積雲に当たることが多い。巻積雲より低い高度に現れ、個々の雲片も見かけ上は大きい。

ある程度の厚みをもつ雲片では、光が均一には通らず、白い部分と灰色がかった部分が生まれる。その陰影が、丸みのある塊をいくつも並べた姿に見せる。

羊らしさは輪郭だけでなく、雲片の中の立体感にも支えられている。名前の印象だけを頼りにすると、この大きさの差はかえって曖昧になる。うろこにも大小があり、遠くの羊は小さく見えるからである。

そこで使われるのが、腕を伸ばした先の指と比べる方法だ。雲片の幅が小指一本より小さく見えるなら巻積雲、小指より大きく、指を数本並べた幅に収まる程度なら高積雲が目安になる。

測っているのは実際の直径ではなく、空を占める見かけの角度である。高度が違えば、観察者までの距離も異なるため、見かけの大きさだけから実際の雲片の大きさを直接比べることはできない。

そこで陰影が厚みを読む補助になる。指との比較にも見方の条件がある。腕を曲げたり伸ばしたりすれば、同じ雲片でも指に対する比率が変わる。

目盛りのような厳密な測定ではなく、腕を十分に伸ばして毎回ほぼ同じ距離に置き、細かな粒か、まとまりのある塊かを見定めるための補助と考えたい。ただし、指の幅だけで機械的に決まるわけではない。

高積雲であっても、雲の層が薄ければ、光を遮る度合いが小さくなり、雲片の中央と縁の明るさに差がつきにくい。また、雲片同士が横につながると、白い部分がひと続きに見え、どこからどこまでを一片として指と比べるかが定まらなくなる。

つまり、影が弱いことだけで巻積雲と決めたり、連なった一群の幅を一個の大きさとみなしたりすると、判別が逆に揺れやすくなる。だから、大きさと陰影は別々の判定ではなく、互いを確かめる二つの手がかりになる。

粒が小さく白一色に近ければ巻積雲へ、粒がやや大きく内部に濃淡があれば高積雲へと見当をつけられる。巻積雲と高積雲という分類は、「何の動物に似ているか」を言い換えたものではない。

現れる高さ、雲をつくる粒、雲片の大きさや厚みといった違いが、空から見える形に表れている。呼び名は姿を覚えるには便利だが、分類の根拠までは運んでくれない。

うろこか羊か迷ったとき、見る場所は模様の外形だけではない。雲片の一つを選び、その中に灰色が置かれているかを見る。ひつじ雲の手がかりは、羊の形より先に、その小さな影に出ている。

#うろこ雲#ひつじ雲#巻積雲#高積雲#秋空#雲の見分け方#雲片#陰影#武岡隆#武岡出版

新しい記事をメールで受け取る

武岡 隆の新しい文章が公開されたとき、メールで静かにお知らせします。

登録料・購読料はかかりません。メールアドレスはブログ更新通知のためだけに使用します。いつでも解除できます。

購読を解除する