武岡出版 TAKEOCA PRESS

武岡 隆ブログ


WORDS / MEMORY / EVERYDAY LIFE

武岡 隆ブログ

本、活字、日本語、物語、記憶、時間。日々の中でふと立ち止まったことを、武岡 隆自身の言葉で静かに綴ります。

栞を開いて、二ページ戻る

栞の挟まったページを開いたのに、そこからは読まず、二ページほど戻ることがある。栞は読みかけの場所を残すための道具なのだから、その位置から続きを読めばよさそうなものだ。

私は、この小さな後戻りが気になる。栞が正確に示しているのは、読むのを止めた場所である。どこまで物語の中に入っていたか、どの一文まで十分に受け取っていたかまでは示していない。

本を閉じる直前にも文字は目に入っているが、その内容が次の読書へそのまま持ち越されるとは限らない。物語は、ページ単位できれいに進んでいるわけではない。

ある場面が数ページ続くこともあれば、一つの判断が前の会話を受けて書かれていることもある。栞の位置にある最初の一文だけを読んでも、誰が何を受けてそうしたのかがすぐには戻ってこない。

文章は読めても、その一文が置かれている向きが分からないのである。そこで二ページ戻る。戻った先に重要な事実があるとは限らない。

すでに読んだ台詞や描写を少しなぞるうちに、人物の立ち位置や場面の調子がつながってくる。必要なのは新しい情報ではなく、続きを新しい情報として受け取れるところまで、自分の読みを動かすことなのだと思う。

この後戻りは、読み落としを直すための再読とも少し違う。内容を詳しく調べるのではなく、前へ進むために助走をつけている。二ページという幅も厳密ではない。

一段落で足りる場合もあり、章の初めまで戻りたくなる場合もある。戻る距離を決めるのは栞ではなく、途切れていた時間と文章のつながりである。同じ場所に栞があっても、本を閉じていた長さによって入り直す位置は変わる。

短い中断なら次の行から読める。間が空けば、登場人物の名前を確かめるところまで戻るかもしれない。栞の位置は変わらないのに、再開地点だけが動く。

この点で栞は、読書の状態を保存する装置というより、紙の上の位置だけを保存する目印に近い。電子書籍の「続きから読む」も、基本的には最後に開いていた位置を示す。

画面は正確な箇所を出してくれるが、正確であるほど、読む側の状態とのずれが見えやすい。機械が間違った場所を示しているのではない。最後の位置と、入り直せる位置とが、もともと別なのである。

紙の本では、栞のあるページを開いたあと、指で数枚をめくりながら手前の文章を視線でたどれる。見覚えのある場面に触れたところで止まり、そこを再開地点にできる。

一方、画面の「続きから読む」は再開箇所へ直接移るため、前へ戻るにはページ送りや位置表示を使い、どこまで戻れば文脈がつながるかを自分で探さなければならない。紙では開く動作の延長に後戻りが含まれるのに、画面では正確な位置が先に示され、その後で助走の幅を測ることになる。

反対に、いつも戻ればよいわけでもない。章の切れ目で止めたなら、そのまま次の章へ進む方が自然なこともある。短い説明文なら、直前の内容を読み返さなくても続きが分かる。

戻るかどうかは読書の丁寧さではなく、その本がどの範囲を受けて次の一文を書いているかに左右される。栞の手前を読み直していると、やがて一度読んだ最後の行を越える。

その境目は、初めから続きを開いたときほどはっきりしない。気づけば栞が示していた場所を通り過ぎ、物語の先へ入っている。栞は止まった位置に残っているが、読み始める場所は、その二ページ手前にあった。

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